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正月の縁起物 [旅は道連れ世は情け]

5年続けて正月をタイで迎えた。

昨年に続いて今年も縁起物を見にアンダマン海へ。

この海での一番の縁起物はこれ!

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師走のシンガポール救世軍 [旅は道連れ世は情け]

年末はシンガポールへ出張。
Photo-0209.jpg

この町のクリスマスや旧正月の飾りつけは毎年どんどんエスカレートしていっている。
Photo-0206.jpg

豊かになればなるほど、なのだろう。

日本の年末の街角の風物詩といえば「救世軍」の社会鍋だと信じているのだが、
ここシンガポールにも同じものが!

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豪州へ [旅は道連れ世は情け]

日本に居る時は朝の築地市場や年末のアメ横が好きだった。
新宿駅のラッシュアワーの雑踏も山手線の混雑もそれほど嫌いではなかった。

人々の生きるエネルギーを感じる事ができたからだった。

デリー3年、ムンバイで1年半、インド生活は人々の雑踏の中で暮らす
ということと見つけ、いかにその中でおしめき、へしめき合いながら折り合いを
つけていくのかを考えてきた。 でも時々そこから脱出して人のいないところにも
行きたくなる。 だからカシミールに飛んだりしてその心のバランスを取ってきた。

しかし、そうして賢妻を放ったらかしにして一人で遊んでいられる時間もそろそろ
尽きようとしている。 老親も暇そうにしているし、時々は一緒にどこかに行かないと
彼らも次の日程や目標がなくてつまらなそうなので、インド正月は両親を連れて
人口密度が少ないという豪州へ行くこととした。

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インド正月の過ごし方 [旅は道連れ世は情け]

今年のインド正月(ディワリ)は11月だった。 

本来はヒンドゥーの祭りだが、シークもジェインもキリスト教徒もインド中が
土日をはさんで五連休で祭りを祝う。

その前後は皆がそわそわし、その間はニコニコしながらお休みを享受する
期間なのだが、ところ構わず無闇やたらにロードサイドで打ち上げ花火を
仕掛けたりするので外出は結構危ない。 

日系某銀行のムンバイ駐在員は2年前のこうしたお休みの時に町を
歩いていて耳の近くで子供によって花火か爆竹を鳴らされ、その大音響により
聴覚神経を傷つけられ、耳鳴りが続いているのだという。 

そんな危ないところで家の中で逼塞して暮らしてたまるか、
ということで親を誘って旅に出ることに。

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買い出し [旅は道連れ世は情け]

数少ないインド3連休を利用してタイの伊勢丹に買い出し。

夜行便、空港には早朝5時半着。

朝ごはんを空港職員の利用するカフェテリアでいただく。
DSC_0271.JPG
125円のおかゆがお腹にやさしくしみていく。

伊勢丹が開くにはまだ時間があるので同僚と一緒にお寺まいりへ。

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新しき職場 [旅は道連れ世は情け]

昨年稼業を変えた。

新しい職場はコンテンツ制作とは全く違ってハードボイルドだど。

昨年シンガポールで商った一番大きなものはこれ。

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シンガポール出張の土産物 [旅は道連れ世は情け]

毎月のようにシンガポールに出張している。

出張自体は疲れるのでどうもなぁ、という感じだが、シンガポールの
同僚たちが会議の後に優れたレストランなどを紹介してくれることと、
その会食のあとでホテルのバスタブに浸かる事と
土産ものを買ってムンバイに戻っていくことだけが楽しみである。

いったいシンガポールの飛行場に行くたびにため息が出る。
DSC_0020.jpg
狭い国土にこれだけの大きな土地を確保して素晴らしい空港設備を
作り上げている。 資源も無く、人だけが宝というこの国。
シンガポール航空を産業として育成し、南アジアのハブ空港、
交通の要所となる事で商売につなげようという国を挙げての取り組みと、
長引いた三里塚闘争のつけが出た成田との差は大きい。 

高校生の時は毎週末運動会に出かけたり援農しにいく仲間を見送ったっけ。

ちなみに成田は日本が円借で援助して作ったバンコクの国際空港にも
負けていると思う。 このデザイン! 



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コヒマから山間の素敵なコノマ村へ [旅は道連れ世は情け]

朝5時コヒマを出発。

連合軍墓地の横の道を少し上がった山腹に英軍が使っていた戦車が
遺棄されているというので見に行く。 

入り口は目立たない・・・
IMG_2524.JPG


むしろすぐ横のナガーランド観光誘致ポスターの方がいい感じ。
IMG_2537.JPG
でも、こんなものコヒマに掲示しても内政的なアピールだけで意味ないよなぁ。
ムンバイやデリーに置かないと・・・そういった場所では見たこと無いぞ。

山腹を20mほど登るとこれがあった。

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インド ナガーランド州 コヒマ訪問 [旅は道連れ世は情け]

68年前、妻の祖父はインパール作戦で亡くなったのだという。 所属部隊はほぼ全滅、いったいいつどこでどのように亡くなったのか 伝える人は誰もいないという、ひどい戦だったそうだ。 戦死公報(死亡告知書)と空っぽの白木の箱に英霊のお知らせという 紙切れ一枚がついて戻ってきたのは終戦間近だった。 そのインパール作戦で日本軍の最も突出した到達地点がここコヒマと 南方のインパール郊外だ。 ディマプールから70㎞の山道は今は舗装されてどうにか2車線が確保される 道となっている。 IMG_24261.jpg しかし68年前はもちろん未舗装でがけを伝っていくような ものだったとのこと。  IMG_24311.jpg 今も所々でがけ崩れの補修や落石除去、橋の架け替えを行っている。 戦後この作戦を推し進めた軍司令官を含むどこかの「机上の作戦バカ」達が 日本軍はコヒマまで到達したなら何故ディマプールまで突進しなかったのか、 わずか二日の距離ではないか、というような戯言を語っているそうだが、 戦力と言える程の大きな部隊が、この険しい山道を遭遇戦に備えながら 捜索して辿っていったら1週間は優に掛かる距離である。    食料も使える自動車もなく弾も不足気味、既にコヒマまでの歴戦で 疲労困憊とあってはディマプールまでの進撃は到底人間の為せる業ではない。  物事は現場を見てから言わないと物笑いの種になる。  日本人の悪いところ、 「夢を見て現場を見ず」、 「現場の言うことを聞かずに頭だけで考えて判断」し、 そして挙句の果て 「自分でやらずに人にやらせる」 というところは昔も今も変わっていないような気がする。  O=お前が K=来て Y=やってみろ(OKY!) という言葉を何度自分も 以前の職場で海外勤務中につぶやいたことだろう。 さて、コヒマから1時間ほど登ったところで休憩。  ここまで来るとインド系の顔立ちが少なくなり、我々東アジア人とも つながってくる東南アジア系のナガ族が優勢となる。 IMG_24081.jpg マーケットではシイタケや IMG_24101.jpg バナナの花を売っている。 IMG_24131.jpg バナナの花って苦みがあっておいしいとは思わないけれどなぁ・・・ ここの人はどうやって食べるのだろう。 2時間ほど車でぶっ飛ばしたらコヒマの町が見えてきた。

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インド東北部 ナガーランド州ディマプールへ [旅は道連れ世は情け]

印緬打通ルートを探しにナガーランド州を旅する。
IMG_2397.jpg
ムンバイからはコルカタ経由で4時間40分。


懐かしいインドの香りのする(ボロの)ディマプール空港で
外国人セキュリティー登録(パスポート見せてサインするだけ)
を行い、町に出る。

暑いなぁ。今日は37度ですって。

土地の人と物を見るには市場が一番。 

「スーパーマーケット通り」という名前の場所にある
掘っ立て小屋市場を観察。 ハエがすごい。 

干した魚やこのあたりでしか見かけない豚肉に混ざり、
好物の野菜「サヨテー」(タイ語でしか名前を知らない)
を見つけ、今晩のおかずにと購入する。 
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どこかで炒めてもらおうっと。

その横に鶏肉屋を発見。 たたずまいがなかなか素敵。

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